


社伝によれば、諏訪明神の夢をたびたび見ていた信濃守護・小笠原貞宗が戦勝に感謝し
、暦応2年に諏訪明神を祀って創建したのに始まる。
当初は宮村大明神と言っていました。応永9年に北野天満宮を祭り、永正元年、小笠原氏
が深志城(松本城)を築城すると、当社を城の鎮守・産土神として崇敬し、社殿を西面に変
えました。
天文2年、小笠原長時は武田信玄に敗れ、信濃が武田氏の支配下に入ると当社は荒廃し
てしまいましたが、天正10年、小笠原氏が信濃に復帰して社殿を修造し、鎌田郷に小笠
原氏によって勧請され創建されていた天満宮(鎌田天神)の分霊を、宮村宮の北の新宮
に奉遷したのです。
本来は建御名方命の方が主祭神でありましたが、天満宮の方が有名となり、深志天神・
天神様と呼ばれるようになったのです。
江戸時代も歴代領主の崇敬を受け、松本城下の南半分の商人町の総氏神ともなりました
。
天保12年、吉田家の許可を受けて宮村宮から現社名に改称しました。

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